感情的な支援は復興に役立つのか?

震災から 3 年が経つんですね。当時はまだ福岡にいました。独立する前で、当時働いていた派遣先のコールセンターの業務が、地震の影響で滞ったのを覚えています。ぼくの派遣先は損害保険会社だったので、その後地震による損害に関する対応が大変そうでした。まぁコールセンターとしては直接的に何かすることはなかったので特に日常は変わっていませんが。

あの時は本当に、日本中がパニックになっていましたよね。ぼくは原発事故の対応も、3 日くらいでなんとかなるだろうと思って、ニュースを見ていた気がします。でも 3 日経っても 5 日経っても、1 週間経っても 2 週間経っても根本的な問題解決にはならず、むしろ次々と最悪のニュースが飛び込んでくる状況でした。

津波の様子も YouTube なんかにアップされて、画面越しに見るその光景には、自然の残酷さを感じずにはいられませんでした。ただただ為されるがまま、という感じで津波に飲み込まれていく町の映像に無力感を覚えたものです。そして実際に無力だったわけですが、でも多くの人が何か力になりたいと感じていたと思います。

でもこういう時って(こういう時に限らないかもしれませんが)、人は感情的に行動しやすくなります。感情的ではない行動を、理性的な行動とか合理的な行動だとすると、全くもって理性的でも合理的でもない行動を取りやすくなってしまいます。

例えばお祭りやイベントの自粛とか。でも九州で自粛したとして感情的には仕方のない判断なんでしょうが、合理的ではありませんよね。何か力になりたいと思ってとった行動が、実際に被災地のためになっているかというのは、感情的な部分とは関係がないケースも多々あります。

確かに、直接支援する方が充実感や満足感はあるでしょう。実際に喜んでもらえた方がいいのも分かりますし、被災地の人も相手が見えた方が分かりやすい。ぼくもチャリティーコンサートとかしました。でもただ目の前のことに全力で取り組んでいれば、ビジネスで売上を上げていくのも立派な復興支援になるはずです。復興税も徴収されてますしね。

実際のところ、ぼくは被災地に住んでいるわけでもなければ、国政に携わっているわけでもなく、復興事業を行っているわけでもありません。あなたもきっと同じでしょう。なので、ぼくたちにできる活動は微々たるものです。いや、その微々たる活動にも意味があるんだ、という意見には賛同します。

でも実はその微々たる活動をするよりも、自分のビジネスとか仕事とか自分の身近なことに全力を注いだ方が、日本のためになり、それが被災地のためになるんではないかと思います。

あなたはどう思いますか?